君・思・想・愛 - 3/3

 駅から車で小一時間。島へ渡る大橋から、その全容が把握できた。長崎県伊王島。長崎市街からあまり離れていない島で、海辺にはヤシの木とリゾート施設が並ぶ。しかし、プロデューサーと霧子を乗せた車は、それらを横目に島の奥へと進んでいく。運転しているプロデューサーはバックミラー越しに、後部座席で窓の外を眺めている霧子を見る。
 灯台に行きたい、と言ったのは霧子だった。
 長崎でのロケが決まったのは恋鐘が長崎出身であり、長崎県のシティプロモーションの仕事が持ち上がったことがきっかけだったが、内容についての方向性は、283プロダクション側で、ある程度は提案して良いという話だった。せっかくの機会であるので、多めに撮って使わなかった分はアンティーカの写真集としても後日まとめようという話もあり、鼻息荒い恋鐘の主導のもと、アンティーカの面々とプロデューサーは、連日賑やかな打ち合わせを行っていた。
 霧子に対して、プロデューサーが提案したのは、長崎の各地にある教会での撮影だった。前に霧子を教会に連れて行ったときに、降り注ぐ光の中で見た霧子のことが、強く印象に残っていたためだ。アンティーカの面々も諸手を挙げて賛成していたし、霧子も素敵な提案だと思っていた。しかし、霧子が事務所の上のテーブルに広げられた長崎の地図を眺めていた時に、目に留まったものがあった。
「灯台……」
「ん、霧子、灯台がどうしたんだ?」
「あの……街から近い島に、灯台があるんです」
「本当だ、伊王島って名前なのか」
「伊王島も景色が良くてロケーションは絶好たい! 長崎の港から船でもすぐやし、橋が架かってるから車でも行ける! でも、そういえば灯台は行ったことなか……」
 横から地図をのぞき込んだ恋鐘が口を挟む。
 それを聞いて、霧子は意を決したように、プロデューサーに言った。
「あの、プロデューサーさん……ここの灯台に、行ってみても、良いですか……?」
リゾート地を抜けると、すぐに山道になった。リゾート地の華やかさからは離れた、この島で暮らす人の生活が垣間見えるような風景となる。
「あ、お墓があります……」
 山道の途中で見えた墓地はプロデューサーにも確認できていた。目を引かれたのは、墓石の上に掲げられている十字架で、長崎という土地の背景は事前にある程度調べて知っていたつもりだったが、こうして見ると、ここには自分が知っている当たり前とは違った祈りの形があることをプロデューサーは実感する。ミラー越しに霧子を見ると、目を閉じて両手を組んで合わせていた。
 そこから十分ほど車を走らせると、灯台公園の駐車場に到着し、プロデューサーと霧子の二人は車から降りる。後続のカメラマンが乗ったライトバンも到着するが、機材の準備もあるので、先に行って撮影場所のあたりをつけておいて欲しい、とのことで、プロデューサーと霧子は二人で灯台への歩道を歩いて行く。
「あ、見えました……!」
 駐車場からの坂を登り切ったところで、緩やかな下り坂の先に見える島の先端に、六角形の台座の上に、灯が点るドームの載った灯台が建っているのが確認できた。純白だったであろう表面は錆で汚れ、潮風や雨に耐えてきたことを示していた。
「足下、気をつけて。ゆっくり進もう」
「はい……!」
 付近まで近づくと、灯台は三階建てぐいの高さで、入り口の観音開きと思われる扉には錠が下りていた。正面から回り込むと、灯台の後ろには六角形をした石組があり、プロデューサーと霧子は首を傾げたが、近くに『伊王島旧灯台基礎石組』と書かれた看板があり、それがはるか昔ここに別の灯台が建っていたことが説明されていた。
「元々、日本で一番古くからある灯台だったんですね……。明治の、始めの頃から……」
「そうみたいだな、それが、戦争で傷ついてしまって、それでも、新しく生まれ変わったんだ」
「一度、無くなってしまっても、また、新しくなって……昔から、ずっと変わらないで……今でも、海を渡る人が、迷子にならないようにって、光ってくれているんですね」
石組の向かいにある灯台を、霧子はじっと見ていて、プロデューサーは、その眼差しに引き込まれてしまう。霧子は灯台から視線を外さないままで、訥々と話し始める。
「感謝祭のとき、恋鐘ちゃんは、アンティーカのことを、船みたいだって、言ってました。宇宙にだって……行ける船だって。だから、わたしは、みんなが迷子にならないように、戻って来られますようにって……お祈りを、したんです。それで、その、お祈りの形は、きっと、灯台の光みたいなんじゃないかって……そう思ったら、ここに来たいって、お願いしていました」
 そこで、プロデューサーのほうへゆっくり顔を向けた霧子は、少し濡れたような眼をしていた。
「ありがとうございます、プロデューサーさん。今日、ここに連れてきてくださって。わたし、アンティーカにとっての、灯台になりたいって、思います。わたしの言葉が……そういうものになってくれれば、って。この先も、ずっと、ずっと……!」
 プロデューサーは、以前教会の礼拝堂で見た霧子の姿をはっきりと思いだし、そのときに感じた眩しさが、ステンドグラスからの光のせいだけではなかったことを、今ようやく理解できたような気がした。きっと、これが、自分が彼女を見つけることが出来た理由なのだろうということも。
 空は雲一つ無く晴れていて、霧子を通して見える長崎の海と空が、水平線で交わり、どこまでも広がっているように思えた。どこまでも、遠く、遠く。

作品一覧に戻る